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AI時代、経験主義的な計画は機能しなくなった

アジャイル開発計画見積もりAIチームスクラム
目次

AIを前提にしたソフトウェア開発をするようになってから、計画がよく外れるようになりました。それも、悪いほうにではありません。数日かかると見ていた仕事があっという間に終わる。難しいかもしれないと身構えていたものが、あっさり片づく。そういうことが何度も起きています。

最初は素直に喜んでいたのですが、あるとき気づきました。

早く終わったから気づけただけで、気づかないまま計画どおりの時間を使い切った仕事が、実はたくさんあるのではないか。

仕事は、与えられた時間を満たすまで膨張する。いわゆるパーキンソンの法則です。なんでもかんでも法則にあてはめて説明した気になるのは、確証バイアスのようであまり好きではありません。ただ、AIによってチームの能力が大きく変わりつつある今、このパーキンソンの法則がいたるところで静かに発生しているのではないか、と思うようになりました。過去の感覚で「5日」と置いた仕事は、本当は2日で終わったとしても、5日かけて完成に向かってしまうからです。

そこでチームで計画の立て方について話し、実験をしてみることにしました。この記事では、そこで見えてきたことと、AI時代の計画にどう向き合うかを、現時点の考えとしてまとめてみます。

私たちにとって計画とはなにか

本題に入る前に、そもそも何のために計画をするのかを整理しておきます。ここが揃っていないと、この後の話がすべてずれてしまうからです。

以前、「アジャイル開発は計画をしない」について という記事でこう書きました。

計画の目的は、学習を最大化することである。

この考えは今も変わっていません。計画は、未来を正確に当てるためのものではありません。当てることが目的なら、不確実性の高い仕事において計画の価値はどんどん下がっていきます。そうではなく、先に仮説としての計画を置くからこそ、現実とのズレに気づくことができ、そのズレから学ぶことができる。気づけないことには、対応も何も生まれません。

同じように、計画はたくさんの機能をつくるためのものでもありません。チームには、組織やプロダクトにとっての適切なペースがあります。作る速度だけを上げても、顧客が変化を受け止められなかったり、意思決定が追いつかなかったり、チームが疲弊したりします。

整理すると、自分たちにとって計画とは次のような行為です。

  • 学習を最大化する。仮説を置き、現実との差分から学ぶ
  • 適切なペースを定める。速ければよいのではなく、持続できる速度を選ぶ
  • 時間の投資先を意思決定する。限られた時間をどの仕事・学習・未来に使うかをチームで決める

そしてもうひとつ、大前提があります。

計画は、自分たちでするものです。他人から与えられるものではありません。

自分たちで置いた計画が外れたとき、チームはその差分を見にいきます。何が効いて、どこで詰まったのか。それが次の一手になります。しかし、外から与えられた計画が外れたとき、チームがするのは分析ではなく、言い訳の準備です。ズレは学習材料ではなく、失点になる。同じ「2日」という計画でも、自分たちで置いた2日と与えられた2日は、まったく別のものです。この違いは、この後の話すべてに効いてきます。

これまでの計画 — 経験主義

では、その計画をどうやって立てるか。アジャイルやスクラムの計画は、経験主義の上に立っています。

  • 前回はこの規模の仕事に5日かかった
  • チームのベロシティはこれくらいだった
  • 似た機能を以前2週間でつくった

過去の実績を観察し、それを未来の予測に使う。不確実な仕事を扱う方法として、これは非常に合理的でした。自分もずっとこのやり方でやってきましたし、先の記事でもこう書いています。

計画の精度が上がるのは、チームの学習が積み上がり、かつ「前と同じくらい」「前のと比べてこれくらい」という情報(経験)が積み上がった時だけである。

ただし、この方法にはひとつ前提があります。過去と現在で、仕事を進める能力や条件が大きく変わっていないこと。 「前と同じくらい」という物差しは、昨日の自分たちと今日の自分たちが地続きであってはじめて機能します。

振り返ってみると、これは恵まれた前提でした。ソフトウェア開発の世界も、言語、フレームワーク、クラウドと変化し続けてきました。それでも「チームがひとつの機能を作りきるのにかかる時間」の肌感覚が、桁が変わるほど動くことはそうそうなかった。経験主義がうまく機能していたのは、経験主義が正しかったからというより、変化が緩やかだったからだと思っています。

AI時代になって感じた違和感 — 経験主義の崩壊

AIが壊しているのは、まさにこの前提です。

3日かかっていた仕事が半日で終わることがあります。一方で、まったく変わらない仕事もあり、レビューや検証が増えてむしろ遅くなる仕事すらあります。厄介なのは、速くなり方が一律ではないことです。どの仕事が、どの程度速くなるのかを、自分たち自身がまだ把握できていない。 これが現場の正直な感覚だと思います。

変わっているのはツールだけではありません。AIへの任せ方が変わり、レビューの仕方が変わり、チームの人数の意味まで変わりつつあります。つまり、過去の実績が教えてくれるのは「その仕事をしていた頃の自分たち」の能力であって、今の自分たちの能力ではないということです。実績の数字そのものは正しくても、その数字を出したチームと、今ここにいるチームは、もう同じではありません。

「前回5日かかったから、今回も5日」という推論には、「自分たちは前回と同じ自分たちである」という仮定が暗黙に挟まっています。その仮定が、今は成り立っていないのです。

そして、この状況はしばらく続くと考えています。数ヶ月ごとにモデルが更新され、任せられる範囲が変わり、そのたびに測り直しになる。「新しいやり方が落ち着いたら計画を立て直そう」と待っていても、その日は当分来ないでしょう(自分も一度それで待ちましたが、来ませんでした)。

ただ、これを悲観する必要はないとも思っています。そもそも自分たちが扱ってきたのは不確実性の高い仕事であり、それをなんとか経験則で飼いならしてきただけです。安定していたのは仕事の性質ではなく、変化が緩やかだった環境のほう。だとすれば、安定しない今のほうがむしろリアルです。前提が動いているのに、動いていないふりをして立てる計画のほうが、よほど現実から離れています。

必要なのは、安定するまで待つことではなく、動いていることを前提に計画のやり方を組み替えることです。

やってみていること — フォアキャストとバックキャストの計画

そこで自分たちのチームでは、計画の立て方を変える実験をしています。

これまでの計画は、基本的にフォアキャストでした。過去の実績から考えて、次はここまで進められそうだ。現在の能力を基準に、未来を予測するやり方です。経験主義が機能している間は、これで十分でした。

しかし能力そのものが動いている今、フォアキャストだけで立てた「無理のない計画」は、現在のチームの能力を過小評価しているかもしれません。そして計画どおりに終わってしまえば、過小評価していたことにすら気づけません。当たった計画からは、何も学べないのです。

そこで、バックキャストを組み合わせています。

  • 今週ここまで到達するとしたら、どのようなやり方が必要か
  • この仕事を2日で終えるとしたら、AI・ツール・役割分担をどう変えるか

「今の自分たちならどこまでできるか」ではなく、「どこまで行きたいか」を先に置き、そこから方法を考える。フォアキャストで現在地を測り、バックキャストで伸びしろを測る。どちらか一方ではなく、両方を使うのが今の自分たちのやり方です。

フォアキャストとバックキャストの計画。フォアキャストは過去の実績から未来を予測し、バックキャストは行きたい未来を先に置いてやり方を考える

ここで重要なのは、バックキャストで置くのは約束ではなく仮説だということです。少し背伸びした仮説を置いて、届かなければ、なぜ届かなかったのかを観察し、能力や環境のほうを改善する。外れることを織り込んだ実験として扱うからこそ、チームは安心して背伸びできます。

こうして使うと、計画は納期を守るための道具ではなく、チームのケイパビリティを発見し、拡張するための道具になります。予想より早く終わったなら、それは新しい能力の発見です。そして早く終わって生まれた時間は、次のタスクで埋めるのではなく、どこに再投資するかをチームで決めます。仕組みの設計、使われ方の観察、顧客と話す時間、プロセスの見直し。冒頭で整理したとおり、時間の投資先を意思決定することこそが計画だからです。

念のため繰り返しますが、これはチームが自分たちでやるから機能する話です。「AIがあるのだから半分の期間でできるはずだ」と外から期限を降らせるのは、バックキャストでも仮説でもなく、ただの締め切りの押しつけです。それをやった瞬間、ズレは学習材料から失点に変わり、この記事に書いたことはすべて機能しなくなります。マネージャーの仕事は期限を配ることではなく、チームが自分たちで計画を立てられる状態をつくることだと思っています。

おわりに

「AI時代に、計画なんてまだ必要ですか」と聞かれることがあります。自分の答えは、必要どころか価値は上がっている、です。能力も仕事の進め方も高速に変わっているからこそ、仮説を置いてズレから学ぶ仕組みがないと、自分たちがどれだけ変わったのかすら分からなくなってしまいます。

自分たちの実験もまだ途中で、うまくいったことよりも、分かっていないことのほうが多いくらいです。それでも、過去の実績どおりに走る計画より、少し背伸びした仮説を置いて、外して、その理由を持ち帰る計画のほうが、学べることが多い。そしてなにより、自分たちの能力が思っていたより伸びていたと発見する瞬間は、単純にうれしいものです。

経験主義が揺らぐ時代の計画のやり方に、正解を持っている人はまだ誰もいません。だからこそ、自分たちで仮説を置いて、自分たちで確かめていく。

自分のハンドルは、自分たちで握っていきましょう。

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