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「アジャイル開発 is dead」の歴史と現在

アジャイル開発スクラムAIチーム学び
目次

最近また「アジャイル開発 is dead」という言葉を見かけるようになりました。今回はAIが犯人だそうです。

先日「受託開発 is deadは真実か」というテーマで書いたところ、多くの方に読んでいただいております。みなさん、「◯◯ is dead」が大好きですね。

正直なところ、「◯◯ is dead」という言葉自体はどうでもよいと思っています。 例えば、あるものが100%から5%になったとして、「5%しか残っていないから死んだ」とも「5%あるんだからまだ生きている」とも言えてしまいます。同じ事実なのに、どちらの言い方も間違っていません。 つまり、書き手がどう受け取りたいか、どう書きたいのかで言葉が選ばれているだけなのです。しかし、その言葉の背景にある「なぜその人はそう言いたいのか」はとても示唆に富んでいると思います。

そして、受託開発と同じくらい、アジャイル開発もよく殺されています。興味本位で調べてみたら、古くは15年以上前から「アジャイル開発 is dead」と言われているようです。

「アジャイル開発 is dead」の歴史

まず時系列です。

  • 2011年 Andy Hunt「The End of Agile」
  • 2014年 Dave Thomas「Agile is Dead (Long Live Agility)」
  • 2015年 Andy Hunt「The Failure of Agile」
  • 2016年 Matthew Kern「アジャイルは”再び”死んだ」(後継はDevOpsだ、という議論)
  • 2018年 Ron Jeffries / Martin Fowler / Uncle Bob が同じ年に
  • 2024年 「アジャイル案件は失敗率268%高い」という調査が炎上

アジャイル開発の誕生が2001年なので、生まれて10年ほどで言われ始めていることになります。

そして面白いのが、これを発信している顔ぶれです。Dave Thomas、Andy Hunt、Ron Jeffries、Uncle Bob。全員アジャイルソフトウェア開発宣言の署名者です。自分たちで生んだものを、自分たちで葬ろうとしている構図になっています。

Dave Thomas:名詞になった瞬間に終わった

一番有名な記事がこれです。書いたのは『達人プログラマー』の Dave Thomas。署名者本人が13年後に「もうこの言葉は使うな」と書いたので、当時けっこうな騒ぎになりました。

彼の主張はシンプルで、Agile は本来「形容詞」だったのに、名詞になった瞬間に終わった、というものです。

もともとは「アジャイルに開発する」という状態を指す言葉でした。それが「アジャイルを導入する」「アジャイルを教える」「アジャイルのツールを買う」に変わっていきます。名詞になることで、ビジネスになるからです。実際この時期はアジャイル開発に関する認定資格やコンサルの市場が一気に立ち上がっていて、「アジャイル」は完全にビジネスになっていました。

しかし、彼は「アジャイルをやめろ」と主張しているわけではありませんでした。名詞をやめて、agility(アジリティ)という能力の方を見ろということです。

じゃあ具体的に何をすればいいのか。彼が示した実践は4行しかありません。

今いる場所を知る ゴールに向けて小さな一歩を踏む 学んだことで理解を修正する 繰り返す

Andy Hunt:ルールを守ると初心者に固定される

彼の指摘のなかで、いちばん引っかかったのがこの一文でした。

硬直したルールに従うことは、あなたの成果を初心者のレベルに縛りつける

ドレイファスモデルの話です。ルールを忠実に守るという行為そのものが、人を初心者の段階に固定してしまう。上級者はルールではなく文脈で判断するので、ルールを守り続ける限り上手くなりません。スクラムガイドどおりにやっているだけのチームへの批判でした。

こんなことも言っています。

アジャイル手法自体がアジャイルではなかった。皮肉なことにね

ちなみに彼はこの直後、GROWS Method という自分の方法論を立ち上げています。「方法論は終わった」と言った人が、次の方法論を出しているのもおもしろい点です。

Uncle Bob:ビジネスになった

なぜか2018年に集中していて、Ron JeffriesMartin FowlerUncle Bob が同じ年に書いています。しかも言っていることが揃っていました。

Uncle Bob の一文が一番身も蓋もありません。

アジャイルはビジネスになった。そしてビジネスは成長を必要とする

アジャイル開発のカンファレンスに来ているのはほとんどマネージャーで、コードを書く人間がいない。2001年にプログラマーとマネージャーの溝を埋めるために始めたはずのものが、片側だけのものになっていた、という指摘です。

Martin Fowler は「アジャイル産業複合体が人に方法を押しつけるのは、まったくの茶番だ」。Ron Jeffries は「マニフェストに書いた理想が、開発者の人生を良くするどころか悪くするために使われているのを見るのは、胸が張り裂ける思いだ」と述べています。

言いだしっぺ本人たちが「これは俺たちがやりたかったことじゃない」と言い続けている。それが15年の歴史でした。

「アジャイル開発 is dead」の現在

さて、AI時代のいまです。

調べてみて意外だったのは、いまの「アジャイル開発 is dead」には有名人がほとんどいないということでした。歴史をたどると署名者だらけだったのに対して、いまは個人ブログやニュースレターに散らばっています。

声を並べると、だいたい3つのパターンでした。

① スプリントが長すぎる

一番多いのがこれです。AIで実装が速くなった結果、1〜2週間というスプリントの単位が現実に合わなくなった、という話です。以前は2週間に1回でよかった意思決定が、いまは2〜3日おきに必要になります。それならスプリントという区切り自体が邪魔ではないか、と主張しています。

② 人間側のプロセスが要らなくなる

AIエージェントが計画から実装、テストまで自分で回すようになったのだから、人間がスプリントやデイリースクラムでやっていた同期はもう不要だ、という主張です。ある記事ではデイリースクラムのことを “status theater”(進捗報告の演劇)と呼んでいて、表現が秀逸でした。人間の役割は「何をつくりたいか」を決めることだけになる、という未来像ですね。

③ ウォーターフォールが戻ってくる

「おかえりウォーターフォール」みたいなタイトルのやつです。実装が安くなったなら、事前に仕様をきちんと固めたほうが速い、という主張です。最近よく聞く仕様駆動開発(Spec-Driven Development)の流行も、たぶん同じ流れにあります。

いっぽうで「終わっていない」と言う側もいます。代表格はスクラムの生みの親である Jeff Sutherland で、アジャイル開発は終わるのではなく Extreme Agile へ進化するという論調です。スクラムにAIを組み込むことでチームの生産性は30〜100倍になり、2030年までにAIを使えないスクラムチームは仕事を失う、と述べています。

終わったと言う側も、終わっていないと言う側も、AIによって前提が変わったという認識はほぼ同じでした。

こうして歴史と現在を並べてみると、同じ「アジャイル開発 is dead」という言葉でも、指しているものはずいぶん違うようです。いちど、何が dead なのかで種類に分けて並べてみます。

「アジャイル開発 is dead」には4種類ある

何が dead になったのか、で整理すると4つになりました。

  1. 言葉が dead ──「アジャイル」が商品名になり、言葉から意味が抜けた(Dave Thomas)
  2. 中身が dead ── 認定やコンサルのビジネスに巻き込まれ、形だけが残った(Uncle Bob / Fowler / Jeffries)
  3. やり方が dead ── 手段だったはずのルールを守ること自体が目的になった(Andy Hunt)
  4. 前提が dead ── AIによって、アジャイル開発が前提としていた世界のほうが変わった(AI時代の声)

1〜3は、アジャイル開発の内側で起きたことです。良いものが劣化した、という話なので、処方箋は「原点に戻ろう」になります。実際、署名者たちは全員そう言っていました。

4は、アジャイル開発の外側で起きたことです。中身が劣化したのではなく、それを取り巻く世界が変わってしまった、という話なので、原点に戻っても解決しません。

つまり、これまでの dead と、いまの dead は、すこし趣が違うということです。1〜3が劣化の話だったのに対して、4は変化の話をしている。同じ一語で呼ばれているだけで、中身は別物であるように感じます。

そもそも、アジャイル開発はどうやって生まれたか

自分が気になっているのは、後者の変化の話です。そこを考えるために、一度だけ起源までさかのぼらせてください。

アジャイル開発は、誰かが発明した手法ではありません。ウォーターフォールが当たり前だった時代に、「もっと良いやり方があるのではないか」と考えた人たちが、世界のあちこちで勝手に試行錯誤していました。XP、スクラム、Crystal、FDD、DSDM。名前も方法もバラバラで、当時は「軽量(lightweight)な手法」とまとめて呼ばれていたくらいです。

XP、Scrum、DSDM、Crystal、FDD、ASD、TDD、Executable UML といった手法名と、Kent Beck や Martin Fowler ら17人の名前が重なって並んでいる図。2001年より前は、手法も人もバラバラだったことを表している

※出典:アジャイル開発のミライ

そのバラバラだった人たちが2001年に一箇所に集められ、話してみたら向いている方向が同じでした。そこで共通する価値観を言葉にしたものが、アジャイルソフトウェア開発宣言です。

1970年代のウォーターフォール・モデル誕生から、5つの点が矢印で2001年のアジャイルソフトウェア開発宣言に集約し、2022年を経て2030年の「Next熱狂」へ向かう縦のタイムライン図

※出典:アジャイル開発のミライ

つまりアジャイル開発は、目の前のあたりまえに対して「そうじゃないだろ」と言った人たちの、集まりから始まったということです。手法が先にあったのではなく、違和感が先にありました。

そう考えると、いまの「アジャイル開発 is dead」という状況は、当時とかなり似ていると思うのです。あちこちで「これでいいのか」と言いながら、それぞれのやり方を試している人たちがいる。まだ名前もついていないし、まとまってもいない。25年前とだいたい同じ景色ではないでしょうか。

アジャイル開発は dead になったほうが良い

ここまで整理したうえで、自分の考えを書きます。

アジャイル開発は、まだ生きています。でも自分は、そろそろ dead になったほうが良いと思っています。

アジャイル開発の誕生が「変化のムーブメント」だったのなら、それが「あたりまえ」の側になった時点で、役割は半分終わっているからです。いま自分たちがやっているのは、25年前の誰かが起こしたムーブメントに乗っかっている状態です。乗り心地は悪くありません。でも、乗っているだけの人が、次のムーブメントを起こす人になることはありません。

自分はプロレスが好きなんですが、どの分野でも同じだなと感じています。どんなに完成された時代があっても、どこかで壊れて次の時代が来ないといけません。ずっと同じものが続いている状態は、健康そうに見えて実は止まっています。

もうひとつ、周期の話をします(及部調べ)。

  • ウォーターフォールが定着したのが1970年代
  • アジャイルソフトウェア開発宣言が2001年
  • そして、いま2026年

だいたい25〜30年で入れ替わっています。 そう考えると、そろそろ次が来てもおかしくない時期です。というか、来てほしいと思っています。

だから自分は「アジャイル開発は終わってない!」と守りたいわけではありません。アジャイル開発に変わる新しいものを、自分たちが生み出せると信じたいというのが本音です。守るのは看板ではなくて、そういうものを生み出す力の方でありたいと思っています。

「アジャイル開発 is dead」という言葉があちこちで出てくること自体は、悪い兆候ではないと思っています。25年前も、そこから始まったので。

ぜひみなさんのご意見も聞かせてください。

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